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「逝かせやしない。」
祥子の冷徹な声が、直人の握力を奪う。
「逝きたいならやることちゃんとやって。」
ナイフの殺意が完全に消え、祥子は手を離した。人差し指から小指までの第二関節から、紅色の血が面白いように溢れる。 直人が力無く頷くと、祥子は腕をマフラーをかけるようにそっと直人の首に回した。
流出したぬめる血を補うように、祥子の腕も、直人の首も暖まっていく。
「信じて、私を。」
敷き詰められた刺の隙間をかい潜り、柔らかな心の表皮へと言葉が触れる。
直人はささやかに笑った。
こんな当たり前の笑顔は初めてだった。
「…姉さん。」
それは総称とか尊称みたいなものから遠く掛け離れ、祥子の内なる剥がれた心を静めていった。
夜の虫が祝福する。夏の夜空を彩るように。
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