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遠くまで…。
遥か彼方までなんて、贅沢な事は言わない。 ほんの少し先まででいいから、今日より前に進みたい。
でもどこへ進むのか、僕には全く分からなかったりする。
マンションの屋上に立つと、夏の陽射しと床のコンクリートの反射熱で、体が凍てつくほど暑い。
空のヒートアイランド。
目線の僅か斜めを烏のつがいが飛んでいく。見送って、熱い夏に悲しい影が浮かび、上空には高度の低い雲が太陽を覆う。
緩やかな雲の流れと、生温い風と、照り返すコンクリートの臭気が、僕を萎えさせる。
メートル、インチ、キュビト、尺。
長さの実数では求めきれない、成長の尺度。
僕は求め、歩もうとするけど、道筋に惑う。
金網のフェンスの熱は、夜になっても消えそうになかった。
制服に袖を通して早々に訪れる胸苦しい暑さに舌打ちをし、直人は温度計付きの時計に目を遣る。
「三十度…。」
舌打ちに呼応して、溜息が溢れる。
朝方の陽は沈んでいなかったように高かった。 家で一人朝食を取り、行政道路を真っ直ぐ歩く。
吸水溝に集まる水のように、人々が駅に吸われていく。直人も定期を自動改札に入れて、駅に入った。
二番線の上り電車は、沈黙の割に人が多すぎて、乗客達は僅かな酸素を細々と分け合っている。
学校の正門を潜り、教室に向かう間も、直人の廻りには人で溢れ反っていた。
夏の暑さの半分は、こうした周囲の人間達が熱い熱いと聞こえよがしに言うために生ずるのだと、直人は思う。
机にバックを放り出し、気だるい体を椅子に落とす。いつもより熱苦しいのは、来るべき夏休みへの羨望にこの空間が満ちていたからだ。
高校二年目の夏休み。通算十回目の夏休みになるわけだが、何度迎えても、結局熱さと暇さに悩殺されてしまう。
夏季課題の全てを渡されてなお、直人は特に何もすることがないと口を尖らせるのだ。
「直人っ。」
不満げな表情に入学以来の悪友弘也が茶々をいれる。直人は座ったままポケットに手を入れて、あぁ?と声まで尖らせた。
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