あの人の手に触れる距離まで…

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その声は祥子のものではなかった。ドキリとして声の先をみると、左端の長髪がさも孔雀の羽のように閃いた。 「如月くんのお姉さん。その人。」 小さな声と端的な説明が直人の心にドスリと刺さった。鈍い痛みと後味の悪い細切れた振動が直人のはらわたを寸断しそうになる。 辛うじてとどまるヒダの繋ぎがはち切れそうになった時、直人の脳裏にあの少女が過ぎった。 見間違いかとその娘を見つめる。彼女の脇に少女の顔が出ていた。 「えぇ~?そうなの直ちゃん。」 「だからその呼び名止めろよ、御崎。」 直人は真ん中の女子を睨み上げた。 「なによぉ~、直ちゃんだって呼び捨てじゃない。私そういうの嫌なんだけど。」 だからおあいこでしょ?と御崎は直人を見下ろしながら得意げに笑った。 「で?そちらが直ちゃんのお姉さんなの?」 「俺の性格考えりゃ分かるだろ?」 「分かんないよ。だって月とスッポンみたいじゃん。似ても似つかないよ。」 「どっちが…」 言いかけてやめた。くだらない。 「へぇ~綺麗なお姉さん。あ、私、御崎由香里って言います。向かって右が鳥谷結、でこっちが…。」 今の今まで気付かなかった自分もおかしかった。あんぐりと開いた口を見た時には、パスタを詰め込もうかと思ったが、祥子の眼には既に詰め込まれたような苦しさが現れていた。 「涼子…。」 名前に聞き覚えはなかった。だが涼子と思しき人物に見覚えはあった。 教室じゃないどこかで。 「久しぶり。姉さん。」 直人は思わず生唾を飲み込んだ。 互いに昔の家庭は捨て置いてきた。それはひとえに自分の意地っ張りのせいだと思っていたが、祥子の方にも見栄張って隠さなければならない過去があったのだろう。 それをつい今しがた知った。 「え?…どゆうこと?」 結の視線が恐れもしらず涼子と祥子の顔を行き来する。 「元姉よ、私の。」 再会にニコリともせず、涼子は直人に言った。 「私の旧姓、如月なの。」 人の真顔で背筋が凍る。初めての経験だった。 「元って…」 「今は違うってこと。」 直人は見覚えのあるこの顔から逃れようとする。しかし暗夜に白く輝く両眼が、糸を引いて止める。 何とも息苦しい。
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