あの人の手に触れる距離まで…

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「パパ、元気?」 元妹はひしひしと祥子の弱みに付け込んでくる。衆人環視の中、過去の祥子のスキャンダラスをばらしていく。 まるで衣服の一枚一枚を剥ぐように。 祥子は身もだえるように両肩を狭める。 直人はどうしようか迷った。本当に迷った。もう充分客の注目を集めている。彼らにはもっとありふれた光景として映っているだろう。 自分への非難の篭った視線が痛い。 「私…トイレ。」 機転をきかせたのか、本当にトイレなのか、祥子の面持ちはどれでもなかった。 見放された格好になった直人には、更に熱い視線が注がれる。 「元気そうでよかった。」 涼子の一言は、直人から辱めを奪い去っていった。 「どういう神経してんだよ。」 見事な演技というように涼子の眼が点になった。 「こんな人目につく所で話す事じゃないだろ。」 「だって本当に久しぶりだったから。」 「何が感動の再会だよ。」 直人の唸る敵意の視線を、涼子はサラリとかわす。 「どう?新しいパパ。ちゃんと父親やってる?」 自重の歯車が崩れだした。次々に歯が砕け、憎しみが動力を生み出す。 「人形の首がすげ替わっただけだ。」 直人の瞳が猫のそれのように縮まっていく。広がる白眼に由香里も結も息を飲んだ。 ただ涼子だけが慎ましく、淫靡な黒眼で白眼と対峙した。 「ま、まぁ皆いろいろとあるよね。私達そろそろ行こうか。」 外された視線も、涼子のそれだけは冷ややかで、細ぎれな目尻の辺りが、姉の憂う目尻と重なった。 三人娘が店を出ていった後、祥子は行った時よりも辛そうな表情で戻ってきた。 今までの話の真実味を更に濃くしていた。 「…。」 席についても顔色はミョウバンに浸けられた茄子のように青い。 辛い顔をしているが、反面気持ちの動揺は見られず、直人は用意していた問いを引っ込めてしまった。 「もう行ったよ。」 追い返したという表現は今の祥子に悪いと思った。 「…そう。」 なぜか良かったという安堵が含まれた台詞に聞こえた。 「俺達も行こう。」 直人はぐるりと回りの客を見渡し睨みを効かせて言った。 「ここは息苦しい。」
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