あの人の手に触れる距離まで…

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息苦しい。 何もかも。 あの事が。 頭を結わう。 あれが解け。 全てが整い。 垣間見る真を。 いかに異質で。 捻れていても。 それでもこの心が。 朽ちる事なく。 水しぶき溢れるほど。 艶やかな物となれば。 この陰湿で寝苦しい夜も。 いくらかマシになるのに…。 夏休み最終週の日曜日。 寝苦しい夜はいくらか和らいでいた。目覚めて窓を開くと、外気の涼しさに驚いたほどだ。 部屋の温度計は三十度。いつもならつけっぱなしの扇風機が止まっていた。 遠くから、水遊びに興じる童子達の声が聞こえる。 止まっていた時間が回りだし、吹き込んでいた風が止む。 遠い昔、といってもたかだか十年くらい前だ。 当時住んでいた一軒家で、父親がビニールプールを買ってきた。 一人っ子の自分には、そのプールが狭いくせにやけに広く見え、ありとあらゆる玩具を集わせた。 そして意志と意欲のないプラスチックを相手に快く遊んだ後、夕暮れの中縁日に行った。 見慣れた公園が古代都市のように様変わりし、あの時はまともに一つの景色を注視出来ていなかった気がする。 見る余裕も、愉しみを味わう暇もなく、ただ興奮剤を打たれた凶人の如く走り回った。 たった一匹の金魚で、何もかもが…。 直人ははっとして顔を落とした。 金魚? 父が捕った? その時のいかがわしい記憶が、直人の頭上にたちこもる。無骨な右手にぶら下がるビニール袋で、金魚が一匹怯えたように泳いでいる。 残像から実像へと移り行く父の額には、僧侶の証である黒点があった。 その点から流れる血を直人は震える眼で見つめていた。 「直人ぉ~。」 映像がプツンと切れ、直人はドアの方に振り返った。 途端に直人は身を毛布で隠そうとする。 パンツ一枚しか着ていなかった。 「何?見られるとまずいの?」 あれからの姉はまた正常に戻った。なぜかもない。姉はそう振る舞う事になれている。 「ノックぐらいしてよ。」 「したわよ。」 と腰に手を当て、片方の手で開けたドアを叩く。 「だけど背中向けて仁王立ちしてたから、溜まった物を出してるのかと…。」 「朝っぱらからするか。」 祥子はゆったりとした足どりで部屋に入ると、直人の体を包み込む。 「私だったらいつでもいいのに…」 「…。」 直人は腕を祥子の腰に回すと、体を反転してベッドに倒れ込んだ。
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