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週末、とはいえ学生にはまだまだ夏休みの終盤ということもあって、真夏の外には人がわんさかいる。
取り立てて分析する必要もないが、皆時節を弁えるように慌てていた。
「なんでこんな所に?」
「なんでって、手っ取り早いじゃない。」
警察署の前で、祥子は道場破りをするかのようにフンッと鼻息を漏らした。
「もう何年も前の事よ。おまけに新聞の三面記事にも載らないような事件なんて、人の記憶からとうに外されてるわ。」
正に探偵ぶった口調で、祥子は正面口から意気揚々と入場した。
「ここならそんな昔の生き埋めになった事件も、資料として残ってる可能性は充分ある。」 「でもどうやって資料なんか見るんだよ?まさか殺されたのは私の父ですなんて…。」
「私じゃないわよ。」
署のロビーのただ中で、祥子は鋭い眼差しを投じる。
「あなたのよ。」
「言えるかよ…。」
「言いなさい。」
「やだ。」
「後悔しないって言ったじゃない。」
そう言われると直人の両耳は捩れんばかりに痛みだす。
改革には痛みが伴うにしても、公共の場で恥さらしとはあんまりだ。
「もっと他のやり方があるだろ?俺の…」
弱音、というより提訴に近い反発を耐え兼ねたように、祥子の右手が直人の左手首を掴んで引っ張る。
「お、おいっ。やめろってば。俺はこんなの…」
手首に祥子の掌の傷痕が伝わる。かなり深手だったのか、傷の溝はまだ落ち窪んでいた。
傷痕が表皮にねじ込まれて、直人はそれ以上抗えなかった。
資料は閲覧できた。
だが祥子の言った通り、それはこぢんまりとした地方紙にしか掲載されてなかった。
父の足どりは何も書かれず、結局詳細は掴めなかった。
「どうすんだよ?」
直人は苛立っていた。
こんな事は自ずと読めた。大きな代価を払ったというのに、手渡されたのはただの紙切れ。 無理もない。あの紙面は一度見た。
でもあの頃より他人事とは思えなかった。
静かにため息をついたのに、祥子はそれを耳に留める。
「帰ろうか?」
「…。」
苛々している原因は祥子にも警察に対してでもなかった。対応しきれず、戸惑う今の自分にだ。
なぜ今になって父の死に思いが錯乱しているのか、一度見た紙面が新鮮に感じられたのか。 時の経過と記憶の整理は比例関係にあるというのだろうか?
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