あの人の手に触れる距離まで…

11/16
前へ
/44ページ
次へ
そんなこんなでは済まされない夏が終わり、新学期が始まった。 「よう。」 席につくなり、直人は前方の短髪に声をかける。 「よう。」 振り向いた弘也の顔は鬼のようだ。 はっきり言って何の事か分からない。 「な、なんだよ。」 弘也から切り出されるのが怖くなり、酷く格好の悪い声を出す。 「…。」 「頼むから、その面引っ込めろよ。」 「…」 「俺が何したっていうんだよ。」 弘也はただ直人をじとりと見詰め、ついには半身を直人の机に突っ伏した。 「おっ、おいっ、弘也っ。」 周りの音声も止み、皆の視線が少しずつ集まりだす。 「直人っすまんっ。」 「…は?」 辺りの熱視線レベルの高いこと…。 「いやぁ、それがな…。」 と戸惑い気味の弘也に直人は更に戸惑う。 「お前の為にダブルデートを企画していたんだが…」 余計な心配が足元に落ちていく。10G越えの重力。 「その前に俺がフラれてしまった。」 更にどうでもいいクラスメートの近況。余裕のK点越え。 しかし直人の落胆を余所に、クラスの女子は俄かに浮足立つ。 「はははっ。何あんた駄目だったの?」 由香里が窓側の方から戦火を切った。 「長続きしないねぇ。」 「そういうのは運次第だろ?」 さりげなく弘也へ浮輪を投げてやる。…が逆に墓穴を掘った。 「んー?そういう直ちゃんは長続きしたことあんの?」 「…俺の事はどうでもいいだろ?人生なんでも思い通りにいくかっ。」 投げいれたはいいが、空気弁をきちんと締めていなかった。 浮輪は萎み続け、弘也はまた後悔と失望の海へ。 「とにかくあんまし弘也を刺激すんなよ。このままじゃ溺れちまう。」 「溺れる?どこに?」 酷く抽象的な表現が浮かんだが頭を振って払う。 「とにかくもうこの話しはなし。以上っ。」 「なによぉ、せっかくセッティングしてあげようと思ったのにぃ。」 「何っ、それは本当かっ。」 こいつ…。本気で殴りたい。そして沈めてやりたい。 弘也にはこれこそが真の助け舟だったようで、憂う表情に二つの目は爛々としていた。 由香里は得意満面で踏ん反り返り、崇めよと言わんばかりに上から二人を見下ろした。 「生憎だが俺は校内中の女子はチェック済みだぞ。そんな俺を満足させるセッティングができんだろうな?」 「失礼ね。灯台もと暗しって言うでしょ?」 「は?」 まずい…。直人は挙手した。
/44ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加