遠くまで…

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「あぁ?じゃねぇよ。まるで夏休みいらないって顔してるぞ。」 (返上だけは嫌だ。) 「いらないなら、俺貰っとくぞ。」 (誰がやるか。) 「お前なぁ…。」 弘也は顔でしか反応しない直人を睨み返した。直人は追撃を嫌うように体を前にずらす。 「もう少しさ、高校生らしくなれないの?」 「なれない。」 即答の直也に弘也は食い下がる。 「なれないんじゃなくて、なろうとしてないだけだろ。」 腕を椅子の背に重ね、顎をつけながら弘也の溜息が茸曇のように浮かぶ。 沈黙が重苦しく、直人は教室に首を巡らせた。 室内は生徒の小グループに分割され、彼らの頭上に吹き出しの空白が見える。 それぞれの空白には夏の陽射しばかりが写り、つまらなくなって首を元に戻そうとする。 ふと視点が止まった。 窓側に一人、ぽつんと座っている長髪の女子。 あれ、誰だっけ? 思い出そうにも、名前からして分からない。 「おい。」 弘也の声で我に帰る。直人の視界の隅では、まだ彼女の長髪が尾を引いていた。 「ぼんやりしてるのは、生きてないのと一緒だぞ。」 「ぼんやりしたって、生きられる。」 「そんなもん、出来て当然だろ。俺達にはここがあんだからよ…」 弘也は右のこめかみを指でこつこつ当て、深い角度からまた睨みだす。 「なんか考えろよ。とりあえず今夏の楽しみからさ。」 「…」 選択肢は三つ。 自室でネットゲーム。 自室で映画観賞。 自室で読書(漫画)。 どれも引きこもりに変わりはない。 他の事が思い浮かばず、嫌気がさして直人は天井を見上げた。 春夏秋冬、季節の移り変わりはあれど、旬の記憶はあの日で止まったままだ。 あのむさ苦しく、生温い夏の風。スコールが上がった直後の生々しい湿気と葉の青臭さの交じった、異世界の空気。 ほんの一瞬、視界が螺旋状に回る。 渦の中心にかげろうが見え、はっとして我を取り戻すと、直人は溜息をついた。 激しい陽光のせいだった。 街中をずっと一人で歩いていた気がする。  それから後の事は…。   覚えていない…。
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