あの人の手に触れる距離まで…

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「そんじゃ、行こうか。」 弘也の言葉は切迫した空気を横滑りさせただけだった。 「あぁ。」 空を見上げた。風を受けた。 涼やかでも爽やかでもない、ただの風だった。 国営のくせに金を取るのは間違ってる。 直人は口にするのを止めた。切迫した空気が破裂してしまう。 「税金でどうにかならないのかねぇ。」 由香里がぼそりと呟く。不意に手元にある財布が踊り出した。 「どうしたの?」 「いや…別に。」 入場門を潜ると前方に真っ直ぐ伸びる並木道が見えた。 燃え盛る緑は、自然界の暦の上ではまだ夏だと物語っていた。 並木道の上もやはり人、人、人、である。 サボり癖のある人の気持ちが何となく分かった。 「うへぇ~。すげぇ人。」 「しょうがないよ。皆休みだもん。」 並木道を群集に紛れて進むと小さな広場が現れ、そこから左右に道が分かれる。 前方はもう芝生のスペースになっており、下り坂の先にアウトドアを楽しむ老若男女の姿が眼下に映る。 子供は転び、女ははしゃぎ、男は笑い、老人は眺める。それは彼らの日々の生活がいかほどの圧力で成っているのかが分かる。 微笑みの絶えない時間は、苦汁の明日を補う為にあるのだろう。 そんな毎日が続き、こんな日が訪れ、とめどないサイクルは一体何の為にあるというのだろう? 「直人~。」 左手に由香里達が呼んでいる。由香里達へ手を振る。 天高く飛翔する太陽を見上げ、直人はまばゆい陽射しを直視する。 番いの烏が陽を横切っていく。まるで鷹のように。 帰り道、由香里と弘也、そして結達は買い物があると言って、直人と涼子を置き去りにした。駅の改札口で不意に涼子が直人の手を掴んだ。 それは優しく包むというより、固く奪い取るようだった。 「…ごめん。」 しおらしくなる涼子をどう扱えばいいか戸惑う。まるでしがみつかれるような切なさを含めたごめんに、直人はその手を握り返せない。 代わりに先導し改札を抜けた。立ち尽くす涼子を放っておけなかったのか、急激にピッチを上げた状況変化に耐え切れなかったのか。 理由はなんでもよかった。ただこのままではいけない。 そう思った。 「いつまで繋いでればいい?」 相変わらず冷酷なままの態度と声が動揺を物語る。 それでも涼子は小さい声に細い願いを込めて、 「降りる駅まで。」 と言った。
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