愛してると信じ合えるまで…

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この世界が架空だったら。 フィクションだらけの、途方もない世界だったら。 誰かが作ったさりげのない創造物だったら。 今の自分も、あの時の自分も、これからの自分も、全部綺麗さっぱり泡吹く洗濯機のように流せる。 そんな淡い期待と欲は目を覚ませば晴れ渡ってしまう。 涼子の言葉が隅々まで淡い霧を取り込んで干してしまう。 舌打ちが漏れる。 涼子のすることなすこと、全てが余計に思えてきた。 いつも通り学校へ向かう。 教室に入っても暗雲は直人を支配していた。 寧ろ濃く厚くなる。 席につくとすでに後ろの弘也と由香里が談笑していた。 「よう、直人。」 弘也は明るく呼び掛けた。 「あぁ。」 声は曇り、横顔は萎れていた。 「どうしたんだよ?」 「別に。」 どうにもならないため息をつけば、由香里がひょっこり顔を覗かせる。 「顔色悪いよ。」 「そう。」 「何だよぉ。昨日楽しかったろ?」 「涼子と二人きりにさせられなかったらな。」 二人は互いを見つめ合うと、訝しげに直人を見た。 「…涼子って、誰?」 「…。」 直人は恐ろしくなって斜め後ろを向く。 別人が座っていた。 相手は突然訪れた視線の槍にぎょっとする。 「…マジかよ…。」 真実味を帯びる前に真実が襲う。 捻れた首を戻し、右手で顔を覆った。 答えは易々と手に入った。答えはすぐそこにあった。 「大丈夫かよ?顔が青いぞ。」 生れつきだと言いたかった。でも白々しい嘘をつけるほどの気力もなかった。 「ちょっと寝てくる。」 「一緒にいこうか?」 由香里を目で制し、直人は教室を出ていく。 昨日のフィクションは今日のノンフィクション。たった一夜ですげ替わった事実を、直人は虚ろな目で振り返る。 涼子が架空の存在で、あの電車で明かした最後のリアル。 気が付けば屋上のフェンスにしがみつく自分がいた。 「土産にしてはきついぞ。涼子。」 しおらしいフリをしながら突き付けてきた現実は直人の視点を揺らぐ。 思い返せば不審な点はいくらでもあった。 同じクラスに、姉の元妹がいることも、パスタ屋で躊躇いもなしにその事実をぶちまけたことも、警察署前でたまたま出くわし姉を頼むと願い出た事も、駅のホームで突然手を握ってきた事も。 全てはこの時の為に敷かれた布石。 込み上げる衝動と武者震いに直人は足元を掬われたようにフェンスに絡めた指に力を込める。
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