愛してると信じ合えるまで…

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思い出されるはしがない哀歌。笹船のように記憶の川をたどたどしく流れていく。 急に懐かしく哀しく思える過去を振り返れば、涼子がはかなく笑う。 涼子なんて初めからいなかった。そう目を覚ましてしまえば、彼女が遺した全ては沈んでしまう。 そう簡単に消し去っていいものとは思えなかった。 だから、恭子の部屋になりもの入りで入った。ノック無しに。 恭子は四脚の低いテーブルに何冊ものファッション雑誌を広げていた。 そのいずれもが下着で、戦略会議のような真剣味のある目で、雑誌から雑誌へ視線を行き来していた。 「あ、直人。」 恭子はさりげない笑顔で直人を歓迎した。 心が急いた。まさかと思い、直人は突拍子に口を開いた。 「涼子、いなくなった。」 笑顔が掻き消える。 「どういう事なんだよ?」 「どうもこうもないわ。」 「…。」 恭子は雑誌を手に取り沈黙に戻った。 「教えろよ。」 「嫌。」 直人の内面に火種が投じられる。 「人の昔を散々引っ掻き回して、それが俺に対する態度か?」 「私は聞いてくれなんて言ってないわ。」 空気が火種に息吹を与える。 「俺だって頼んでないっ。」 「直人は言った。目が言ってた。」 「それは姉さんの思い込みだろっ。そんな白々しい態度、よくできるなっ。」 我かんせずというように、恭子はページをめくっていく。 「いいのかよ。姉さんのたった一人の…。」 恭子は最後の言葉を嫌って、雑誌をバチンと閉じる。 そして言った。 「知らないわ。そんな娘。」 カチンと目尻の奥で音がした。燃え立つ怒りが手足に飛び火する。 直人は勇んだ足で恭子の横に進むと、膝を落として溜息を吐いた。 相変わらず恭子はそっぽを向いていた。 本当はしたくなかった。 こんなこと…。 激しく恭子の右頬が弾けた。 目をパックリと開いた恭子には意外だったようで、それからしばらく弾かれた方向から顔を戻さなかった。 直人は現実感の戻らない恭子に言った。 「サイテーだ。あんなにかいがいしく姉さんなんて呼んでた自分が情けない。」 「…。」 「俺は姉…」 言い淀んで仕切り直す。 「恭子さんがいつか話してくれると思ってた。」 恭子はやっと直人の方に振り向いた。死に目で。 「出てって。」 「でもこうなったからには仕方ない。」 「出てって。」 「俺にも責任がある。」
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