愛してると信じ合えるまで…

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「涼子は俺に言ったんだぞ。姉さんを頼むって。」 「…。」 「じゃ聞くけど、俺以外に頼める人がいる?」 根拠も理由も確信もない。そうあって欲しいという願いだけだった。 だが恭子は押し黙ったまま、首すら振ってくれない。是とも非とも答えない恭子に、直人は深い溜息をついた。 これ以上言える事は何もなかった。いや言いたい事は山ほどあった。 でも口にしたら赦されない。 恭子の昔をこじ開けた自分も、拒み続けてきた恭子も…。 赦してほしい事は海溝から山頂まで堆く溜まっている。 でも誰に? 誰に赦してほしい? ろくに向き合おうとしてこなかった自分? 心配と不安と苦しさをかけつづけてきた友? 近くにいながら疎外感を与え続けてきた姉? それとも…。 現実と真実と事実を伝え果たした涼子に? 誰にでもないと気付いた。 そして、全てにだと思った。 届きはしないと伸ばした両手の間を烏の番が飛び出す。 マンションの屋上。佇む人。吹き抜ける風。威厳を増す入道曇。 それら諸条件をクリアすると涼子の手が直人の肩に添えられる。 直人は黙って涼子の手に自分のそれを重ねた。 「わたしのやることは終わった。」 「分かってる。」「如月君にだから、頼んだんだよ。」 「分かってる。」 「ごめんね。押し付けちゃって。」 「それも…」 涼子の手を締める。 「分かってる。」 「うん。でもちょっと心配だったから。」 「心配…か。」 「でも信じてる。」 涼子の前面が直人の背を覆う。そして顎を直人の肩に乗せ呟く。 「信じてるから心配になるんだよ。」 「?」 「人って信じたがるもんだよ。けど信じるには疑わなきゃならない。信じていいのかどうか。だから全幅に信頼するには、全幅に心配しなきゃ、そこに無二の信用は生まれないの。」 「難しいな。」 「ちょっと理屈をこねただけ。」 「似てるな。」 「誰に?」 「いわなくても分かるだろ。」 「分かんないなぁ。」 直人と涼子は笑った。ゲタゲタ笑った。 秋風を誘い込むように、鰯曇を呼び込むように。 「もう行くね。」 侘しさを残さず、涼子は直人から離れる。天へと帰る涼子へ、直人は一筋の涙と左手で別れを告げる。 「ずっと覚えていてやるよ。」 「別に頼んでないよ。」 微笑む涼子は薄ら陽炎となり、直人はただ黙って消える涼子を見届けた。 鶴翼の空へ。
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