愛してると信じ合えるまで…

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何か一つだけ自分に誇れる物があるとするなら…。 それはなにもない、という所だろう。 つまらん奴だと人は言う。 その通りだと思う。 でもそれでいいと思う。 零からの再出発なんてえせくさい。 失った時を取り返すなんて、惨めだ。 何も失ってない。何も捨ててない。 取りこぼした筈の大切な物は、いつの間にかこの足元に。 それは離れなかった。この足が幾度となく蹴りつけても、よそよそしく跡をつけてきた。 拾うかどうかは自分次第。 ようやっと拾う気になった。 いや…。 拾えるのは今しかないと思った。 恭子は今日もよそよそしい。目を合わせればすぐ逃げる。涼子が消えないのだろう。 消したくない思いと相俟って。 それでも直人の斜め後ろを付いてくるのは、直人の手が固い手錠となって恭子を縛っているからだった。 「今日はちょっと…」 と言う恭子を強引に連れ出したのは正解だった。 どうせ毎日言うのだ。 ただ、 「今日‘も’ちょっと…」 にならないのは、やはり恭子自身が少しずつ落とし物を捜し始めた現れなのかもしれない。 歪んだ歪みに目がくぎづけになってそんな細かい言い回しに手が回らないのだ。 「ねぇ…。」 嫌がっているようには見えない。 「何処にいくの?」 「何処にも。」 「じゃあなんで歩いてるの?」 「散歩。」 「私、今そんな気分じゃないんだけど。」 でも恭子の手はキュッと握り返してくる。したり顔で直人はなおも歩く。 「ねぇ。」 と恭子は直人の隣に並びだす。 「からかってるの?」 「そうじゃないって分かってて聞いてるだろ?」 恭子は何も言わなくなる。そしてまた歩みを緩める。 それでも手は離れない。 駅まで続く旧商店街をただただ進む。未だに生き残っている店もあるが、再開発の引き潮に殆どの外観は様変わりしてしまっている。 「随分変わったな。」 恭子の親指が直人の手の甲を優しく撫でる。 「俺達もこの街も。」 愛おしむように恭子は直人の腕と自分の腕を絡ませる。 縋り付くように恭子の頬が擦り寄る。 「変わらない物なんて、きっと何もないんだろうな。」 「あるよ。」 「何?」 「分かってるくせに。」 「恭子が変な事?」 控えた声で恭子が笑う。 「ま、それも違わないか。」 「類は友を呼ぶもんさ。」 「嫌そう…。」 「嬉しいよ。」
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