夢と幻・時と現。

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「直人、早く早く。」 右手に異常な熱気が篭る。 恭子と出掛けるといつもこうだ。 店という店をひやかし飽きたりたら、上映時間に間に合わない。 息も絶え絶えに滑り込み座席に座ると、恭子がにたりと笑う。 「なぁ…もう少し…ゆとりを持って…。」 と文句らしくない文句を、上映のブザーが遮断する。 どうしようもなく重い体を、椅子は教え諭すように受け止め、直人はおもむろに恭子の手を取る。 恭子は何も語らず、握り返しながら頭を直人の肩に寄せる。 スクリーンに映る屋上。 背を向ける男。 男の肩に乗る白い烏が囁く。 「もう行くね。」 男は止めない。 「一人でも大丈夫でしょ?」 「…一人じゃないさ。」 恭子の手が強く握る。 「なりたくてもできないよ。だから…」 男はそっと右手を烏の前に差し出し、烏を乗せる。 「行っておいで。」 「うん。」 烏が飛ぶ。 風にのって。 雲に向かって。 あてどない空へ。 そこに距離はなく。 どこにも際限なく。 栄光も失墜もなく。 夢と現は掻き消され。 幻と時は永久の闇に。 そんな未来があるなら。 そんな自分に出会えたら。 そう思えたら。 なんだか泣けてきた。 悠然と頬を伝い。 顎先に伝う涙は。 流していて心地良かった。 本当に心地良かった。
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