すぐ傍で…

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夏休み。 部屋でゴロゴロするのは、何も住人だけではない。 窓の向こうでそそり立つ積乱雲の腹の虫も、ゴロゴロなりだす。 寝返りを打ち見あげると、静かな雨音で、スコールが幕を開けた。荒々しいドラム音で始まるイントロを、直人は指先で刻む。 勢力を増した雨足は。いつの間にか韋駄天のように駆け抜け、スコールは終演した。 引きこもるのは、季節柄ではない。春は春で眠たいし、夏は夏で暑いし、秋は秋でぼぉーっとするし、冬は冬で寒すぎる。 つまりいかなる天変地異でも出たくないのだ。 弘也の言いたい事も分かる。 直人はまた寝返りを打って、がらんどうになった空を見上げる。 あの夏の日、彼女は笑った。 あの時、自分はなぜ外に出ていったのだろう? 上手く思い出せない。 彼女は何と言ったのだろう? 言葉は欠落したままだった。 たまには外出ろよ。 弘也からそんなメールが、画像付きでやってきた。 シンデレラ城がすっぽりと収まったその写真に、弘也と同じ年頃の女の子が並んでいた。 (まぁ、仲がよろしいことで。) さっさと返信を済ませ、携帯をベッドに放り投げる。 干上がりきらなかった雨が夜になって湿り気を帯び、そこに月光が怪奇的に揺らめく。 ネットサーフィンのやり過ぎか、視界の焦点が滲みだし、目頭を抑えるとドアが開いた。 「なーおとっ」 隙間からはウエーブがかったロングヘアの姉の横顔が見える。 指先をそのままで、直人は右目だけ開く。 溜息一つ、欠伸一つ。 「そういう事するんだ。」 姉の祥子は得意げにそういうと、バスローブ姿で部屋に入ってきた。 姉とはいえ、血の繋がりを持たない異性が、目の前で肌着一枚とは、直人も目のやり場に困る。 「折角の夏休みなんだから、たまには海でも行こうよ。」 とパソコンデスクを横切り、出窓に押し付けられたベッドに祥子は座った。 首に掛けられた褐色のタオルで、濡れた髪を揉み拭きながら、目で直人に答えを促す。 「行きたきゃ行けば?」 突っぱねた答えも、祥子にとっては挨拶がわりのようなものだ。 「直人も行くのよ。」 「祥子さんなら、一緒に行く人一杯いるだろ。」 姉は美人である。 同じ高校生とは思えない端正な顔立ちと、弛みのない肢体は制服をコスプレと勘違いしかねないほどだ。 ただそれが仇となっているのか、ニックネームはお姉である。
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