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連行されたような気分で、直人は歩き出す。踏み鳴らす渇いた砂の熱さが、磯の香る浜風でムンと増長する。
「ほらほら、だらだらしないっ。」
祥子の笑顔は引き攣っていた。彼女の魅力と人望に惹かれた先輩方の手前、祥子は自ら強制的にそうしているような気がした。
無理に手を引かれ、体のバランスを崩した直人はたったの三歩でこけた。
顔を上げ、眉間に山脈を作る直人を、祥子は一瞬哀しい顔で見下ろした。
恐らく初めてであろう彼女のその表情を、直人は圧倒された。
「ほら。」
気を取り直したのか、祥子は手を伸ばす。
「行こう。」
強い陽射しに、雨も降らないのに虹がさす。
気高い虹が。
最近姉をまともにみれない。
姉の辛そうな表情はこれまでに見たことがなかった。だから直人は、弘也の再三の催促にも耳を貸さず、今日も部屋で寝ている。
それほど真剣な悩みではないのに、ずっと思い耽っている。
陽射しも熱風も蝉の歌声もエアコンの送風音もベッドの軋みも血流も呼吸も。
全てが意思を持ったかのように、直人の知覚を刺激する。 (祥子さんにちゃんと謝った?)
「別に何も。」
エアコンは風向きを変えた。
(言ってみなよ。)
風が窓をノックする。
(そうさ。言ってみなよ。)
蝉が風に乗って窓に張り付く。
(祥子さん、可愛がってくれてるじゃないか。)
陽は機嫌を伺うように、雲からこっそり顔を出す。
(別に悪気なんてなかったんだからさ…)
血は流れを強め、呼気を急かす。
質問攻めに苛々し、直人はパソコンに逃げ込む。電源を入れセットアップ画面へ救いを懇うが、真っ黒なディスプレイからは断罪のようなメッセージが浮かび上がる。 「本当は怖いんだ?」
「違うっ」
一番恐れていた言葉が、スタンバイ中の画面で横流しにされていく。
言葉は群となり、コロニーを作り、新しい言の葉を産む。
「そうやって全部知らんぷりするんだ?」
戦慄が骨髄から脳へ逆流する。
メッセージを目の前に、体は逃げども、視線は呪われて動けない。
否定すれば、追っ手が来る。それに全部が嘘だと言い切れなかった。
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