たった一試合のエース

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打席には2番の久遠がゆっくりと向かい、いつも通りの仕種で構える。 その姿を後ろから見る城から陸に対したものと同じような感嘆の声があがる。 「ほぉ…(さっきの1番もそうだったが…こいつも…)」 先程も出塁している久遠に対して慎重にサインを選ぶ。 サインを受けた香月はやはりテンポよく投球する。 初球、内角の直球が外れる。 続く2球目、3球目は緩いカーブを外角に続けてカウントは1ストライク2ボール。4球目、5球目の内角の直球をファールした後の6球目、外角の緩い球に久遠のバットが動く。 「(またカーブ…入ってくる)」 しかし、久遠の予想に反してボールはカーブとは逆方向に僅かに外に変化して落ちる。 「(っシンカー!)」 久遠が慌てて左足を引いて左手を離すと右手でバットをコントロールする。 「(なっ!)」 キンッ! 渇いた音を残して打球は3塁線を越える。 「ファール」 「ふぅ…今のはぎりぎりだったな…」 ぽつりと呟いて汗を拭う久遠に城の感嘆は驚嘆に変わる。 「(まぐれではなく、バットが届く範囲だと言うのか…あれが…)」 直球で起こしてからの緩く外に外れるシンカーでも空振りの取れない久遠に対して、城が考えを改めてサインを出す。 城の選んだ球は内角の直球。 内角をえぐる直球に久遠は腰を軸に体を回転させようにバットを出す。 キィィィィィンッ! 鋭い打球が誰も反応できないまま一二塁間を抜ける。 ノーアウトのランナーが出る。
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