たった一試合のエース

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ノーアウトのランナーが出て打席に向かった瀬能は迷う事なくバットを倒してバントの構えをとる。 「(まだ4回…1点ずつ確実にとる…)」 香月の初球を確実にバントしてランナー二塁とすると打席には4番の甲斐が立つ。 「(打つ…)」 「(こいつか…避けてもいいが……)」 城が先程の打席で香月の球を完璧に捉えた甲斐を警戒してサインを出すと香月がテンポよく投球する。 外角の直球。 「ボール」 外角に緩いカーブ。 「ボール」 ボールが2球続いてカウントはノーストライク2ボール。 「(歩かせるか…?)」 カウントが悪くなり捕手の城が歩かせることも視野に入れたサインを出すが、この試合初めて香月が首を振る。 「(俺達は王者だ…4点差で逃げるわけにはいかない…)」 香月の意思を感じ取った城が苦笑いをして新たなサインを出す。 「(仕方ない…か…さぁ、来いっ!)」 パンッ!っと一度グラブを叩くと城が大きく構える。 香月の投じた球は内角いっぱいの速い球。 甲斐のバットが動く。 「(今はまだ…長打はいらない…)」 内角の球に踏み込んで窮屈なライト方向を狙うスイング。 ベースの手前で僅かにボールは沈む。初回に瀬能に打ち取った速いシンカーである。 「(…っ!)」 グリップを引き込むようにさらに窮屈なスイングになる。 キィィィンッ! 打球は詰まってはいるがライト前にポトリと落ちる。 元より長打ではなく右方向を狙っていたために対応した打球に、久遠は落ちると確信して既に3塁を回っている。間に合わないと判断したライト江嶋が2塁に返球する。 1塁ベース上では甲斐が僅かに拳を握り、久遠がベンチに戻る。 5ー2 3点差に迫る。
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