たった一試合のエース

瀬能が少し嫌そうに足場をならす姿を見て、ネクストバッターズサークルから打席に向かう竜野が少し首をひねる。

「(セットに不安があるのか…？…それなら…)」
何かを試そうとして打席に入る。
巽からのサインを受けた瀬能がセットポジションからボールを投じる。

内角高めへの直球に竜野のバットは動かずに見送る。
外角のカーブ、内角に直球と続いた４球目、カウント１ストライク２ボールから瀬能が足を上げると阿久津がスタートを切る。

瀬能が投じたボールは外角高めに外したボール。ウエストボールである。
捕球した巽がスムーズに２塁ベースカバーに入った久遠のグラブ目掛けて送球する。

パシッ！
ボールは正確に２塁ベースの上、１塁よりにシュート回転で届き、それを捕球した久遠が慌てずにスライディングの進路上でタッチをする。
「アウトッ！」
審判の腕が上がり、１アウトランナー無しにかわる。

その後、２球で竜野を三振にきってとると、続く３番有働も７球でセンターフライに打ち取ってベンチに戻る。
ベンチに戻り際、瀬能がぽつりと呟く。

「助かったな…」
その言葉を耳にした巽が同意を返す。
「あぁ…東條は怖いからな…」
そして軽い会話を挟みながらベンチに帰っていく。