たった一試合のエース

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瀬「サンキュー」 ベンチに戻る途中、瀬能は巽に声をかける。 巽「気にするな。これが…俺の役目だ…」 どこか苦しそうな巽の声に瀬能が軽く目を伏せて話す。 瀬「悪いな…」 ただ、それだけの会話。ピンチを切り抜けた直後の会話にしてはひどく重苦しい空気が漂う。 しかし、ベンチに戻ると二人とも一転して明るく声を出してチームを盛り上げる。 瀬「さっ、一気に逆転と行くかっ!甲斐、ちゃんと見ておけよ」 甲「?」 揃ってベンチから出てネクストバッターズサークルに向かう甲斐に瀬能が声をかけてから打席に向かう。 マウンド上には先のイニングで158kmを記録した豪腕の森が立つ。 瀬「(残念だが…今の俺じゃ打てないな…)」 瀬能がいつもとは違う構えをとる。 真ん中にバットを地面から水平に置いた状態からスゥッとそのまま後ろに自然な状態で引いて構える。バットはほとんど立てずに構えている。 初球、2球目と高めの直球に瀬能のバットが空を切る。 瀬「(まだ合わないか…?)」 続く3球目、やはり高めの直球。しかし… キンッ! ガシャンッ! バットの上っ面に当たった打球はバックネットを揺らす。 そんな瀬能の姿にスタンドからはため息混じりの声が聞こえる。 「瀬能君って…ああでもしないと当てられないの?」 「もっと凄いと思ってたのにな…」 「ちまちま、せこいことやってんじゃねぇよっ!」 バットを短く持って中途半端なスイングを続ける瀬能に対して失望の念がスタンドを埋める中、マウンドの森の気持ちはどんどん膨らんでいく。 森「(あの瀬能でさえ、当てるのに必死なんだっ!No.1は俺なんだっ!)」 しかし、そんなことは構わない。そういった感じで瀬能はまたバットを小さく構える。 4球目、勢いよく投げ込まれた高めの直球に瀬能のバットが動く。 キンッ! パシッ! セカンドフライ…スタンドからの失望とマウンドからの嘲りが瀬能に向かう中、瀬能は満足気に頷いてベンチに戻る。
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