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ある夜。 猫がいつものように街を歩いていると、突然、体がふわりと浮かび上がりました。 びっくりして何事かと見上げると、若い男性の顔が見えました。 ぶかぶかの帽子、汚れたコート。 絵の具の匂いがするので、絵描きのようです。 そんなことよりも猫は、捕まって殴られたり、蹴られたりするのではないかと身を固くして、絵描きを睨み付けました。 それを見て、猫を抱き上げた絵描きはにっこりと微笑みます。 「こんばんは、素敵なおチビさん。僕ら何だかよく似てるね」 そう言って、絵描きは猫を優しく抱き締めました。 黒猫は、一瞬何が起きたのかと思いました。 が、すぐに我に返ると、無我夢中にもがき、必死でひっかいて、絵描きの腕の中から飛び出しました。 「あっ!どこに行くの?」 黒猫は一目散に走りました。 こんなこと、あるはずがない。あんな奴、信じられない。 こんな俺に、優しくしてくれる奴なんて、いる筈が無い。 そんなの、いるもんか。 黒猫は走りました。走って、走って、あの絵描きから逃げました。 まるで、孤独を失うのを恐れるように。 でも、いくら逃げても変わり者の絵描きは付いて来ます。 猫も、生まれて初めてのぬくもりを、忘れようとしたって忘れられませんでした。 絵描きは言います。 「おいで、僕と友達になろう」 ついに、黒猫は観念しました。 もう自分に嘘はつけない。俺はこいつと友達になりたいんだ。 そう認めて、猫は絵描きの足にすり寄って行きました。
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