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「うっ…く…ひっ…」
火の手が上がり、辺りを焦げ臭い臭いに包まれる中、その少女はいた。
「お母さん…お父さん…」
いつもの様にお手伝いの為河辺で水を汲み、少し森で木の実やキノコを取って帰ってくると、村にはモンスターが溢れていた。
幸い見つからずに自分の家まで戻れたものの、父も母もすでにおらず、探しに行く事も出来ず、小さな体を震わせ部屋の片隅で身を潜めている。
辺りには火の手が上がっているが、少女の家は多少離れていた為、火がうつる様子はない。
(お母さん…お父さん…大丈夫かな…)
窓から外を見る。辺りには少女はその名を知る由もないが、鳥竜種イーオスの姿が暑さで揺らめいて見える。
少女は他の村人達の事を気にかける。隠れているのか、逃げたのか。ここへ来る途中、誰とも会わなかった。生きている人にも、死んでいる人にも。
他の人達は無事なのかもしれない。父も、母も。水を汲みに行く途中言葉を交わした、隣のうちのあの少年も。
みんなが無事。そう思うと、少しだけ震えが収まった。
「ふ、ふふ…」
何てことだろう。少女はそれに気付いて笑みが漏れる。
こんな状況のただ中、少女は自分の身より他の人達がどうにかなっている事に恐怖を覚えていた。ただ置いていかれただけかもしれないのに。
少女は再び息を潜める。
見つからない。絶対に。死にたくない。こんなところで。また、みんなに会いたい――。
ばきっ。
音が聞こえる。
ばきばき。
それは 扉から 人が入ってくる音では ない――。
めりめり ばきばき ばきゃっ。
人ならざるモノが少女を守る、というにはとても頼りない木の壁を、引き裂く音――。
ばがあっ!
クギャックギャッ!
目の前の壁が引き裂かれる音とほぼ同時にイーオスの鳴き声が響く。イーオスの醜悪な容貌(かお)。大きく避けた口からだだ漏れる紫色の液体。臭い。
それらは幼い少女が極限状態でせっかく決めた覚悟を粉々に砕くのに十分過ぎた。
「ああああああぁあぁああぁあぁっ!!」
家屋に少女の慟哭が響く。
ゆっくりと。焦る必要はないというのか、ゆっくりとイーオスは近づく。
少女の目から涙が零れる。その時。
視界の片隅に壁に掛けられていた猟銃が床に転がっているのが目に入る。
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