111人が本棚に入れています
本棚に追加
外に出たからといって、僕の気持ちが特別晴れるわけじゃない。
僕を出迎えた "いつもの風景" は、 "いつもと違う事" をさらに強調する。
僕の隣には、"いつも" だった恵美が居ない。
そんな長く付き合っていたわけじゃない。
思えば一年くらいか。
だけどこの街には、そのたった一年を思い出させるものが沢山ありすぎる。
例えば、あの花屋。
自転車のカゴに猫を乗せたお婆さんが、立ち止まっている。
花屋のおじさんが、"もう花なんか見たくない"って顔で曖昧な相づちを打つ。
最初に恵美に贈り物をしたのはあの花屋だった。
初めて手を繋いで帰った日、突然思い立ってプレゼントしたんだ。
真っ赤な薔薇を一輪選ぶような、そんなこじゃれた勇気のない僕。
だから恵美にあげたのは、淡いオレンジのガーベラだった。
恵美は、それでも随分喜んでいたっけ。
思い出すだけ、辛いのは分かっているのに。
この街は、恵美との思い出が溢れている。
ぼんやり花屋を眺めていると、カゴの猫が顔を覗かせた。
着せられた服が気に入らないのか、赤毛のその顔は不満げだ。
僕はその猫とだけ気持ちが通じ合った気がした。
「うちの猫、べっぴんさんでしょう」
お婆さんの陽気な声が僕をますますイラつかせる。
イヤホンを耳にねじ込んで、音量をあげた。
商店街を抜けるとその先は踏切だ。
それを越えれば僕が通う学校がある。
いい加減、学校に行こうか。
そう思った僕を引き留めるように、踏切の遮断機が降り始めた。
最初のコメントを投稿しよう!