白猫

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目の前に、猫。 さっきのお婆さんが探してた猫じゃない事だけは確かだ。 お婆さんの猫は赤毛で不満げな顔をした猫。 僕を突き飛ばしたこいつは、眩しいくらいの白猫だ。 ちなみにデブ猫。 首にめり込んだピンクの首輪に小さな鈴がついている。 僕はこの時、気づかなければいけない重要な点を二つ見逃していた。 まず第一に、 いくらデブ猫といえど、たかだが猫との衝突でさっきの衝撃はありえない。 ぐにゃっと踏み潰すか、脛の辺りを強打するくらいが妥当であろう。 そして第二に。 僕の両耳には大音量のイヤホン。 チリンなんていう首輪の音が、聞こえるわけがないのだ。 それでも僕がそれらに気づかなかったのは、 そんなことなんでもない位、異常な事に遭遇したからだ。 『悲しみを忘れたい?』 確かな声だった。 イヤホンはおろか、耳や鼓膜など通り越して、僕の脳内に直接語りかけてくるように鮮明な声。 周りには誰もいない。 白い太った猫が、こちらをじっと見つめている他は、誰もいないのだ。 僕はとうとうイカれてしまったのか? 猫が喋った可能性を考えるなんて…。 途端、白猫は突然僕に背を向け走り出した。 「あッ、」 僕は反射的にその後を追った。 普通に考えたら、人間の足で猫に敵うわけがないのに。 それでも僕は必死に追った。 不思議と猫の後ろ姿は、一定の距離を保って僕の前を走る。 段々と民家が減り、周りは空き地ばかりになってくる。 イヤホンが外れ、代わりに風の音がごうごうと耳をすり抜ける。 木の生い茂った林を過ぎたら、白い影は突然、ひょいと角を曲がった。 まずい、見失う…! 僕は息を切らせながら同じようにその角を曲がった。 直後。 顔面に、確かな衝撃。 またしても僕は何かにぶつかった。
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