序章

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 紅葉は夜の闇の静寂の中にいた。道場は一層冷え込み、床はもはや氷のように冷たい。  が、紅葉にはそれすら気にならなかった。  心がざわめいている。  昼間の興奮がおさまらないからか。 「紅葉が男であったら」  幼い頃、偶然聞いてしまった祖父の呟きがよみがえる。  私が男だったら、この道場を継げた。  でも女だから継げない。  そんな時代錯誤の祖父の言葉がショックだった。  女だから、そんな理由はおかしい。  大きくなるにつれて紅葉が剣術を続けることを快く思わなくなった祖父の思いを知りながら、紅葉は一層稽古に励んだ。  祖父との約束の大学も卒業し、もう何もはばかるものはない、そう思い試合に臨んだ。  紅葉は闇の中に竹刀を振り下ろす。そしてその手を止めた。  免許皆伝。  ずっとそれを目標にしてきた。  だがそれを手にした今、その先が途切れていることに突如気付く。  自分は本当に道場を継ぎたいのだろうか。
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