隣の捕手

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「六道聖(ロクドウ・ヒジリ)だ」 どこか大人びた響きの声と共に、そいつは俺の目の前に手を突き出した。細い指に白い肌。声もあわせて考えれば十中八九女性だろう。 ついでに空気はあまり読めないタイプだ。購買部で買ってきたコロッケサンドを両手に持っている最中の人間に対し、「握手を求める」という行為はマナー上最悪の選択肢。 「俺が今握手できると思う?」 「パンを置けばいいじゃないか」 まだ口をつけてないならそうだが、俺は残念ながら先ほど一口かじってしまっている。つまり今現在は「食事中」であり、「食事の中断」というのは気持ちよくない。 それにしても「食事中」から「の」と「断」の二文字増えただけで大変嫌なものに変わるね。日本語は偉大だ。 「残念ながら飯の最中でね。もう少し待って」 コロッケサンドが手の内から消滅し、俺は台詞を中途で止めるハメになった。 「食事終了だな」 なぜ声がくぐもっているのかは今さら言うまでもない。なけなしの百五円はわずか一口味わっただけで「六道聖」の栄養となったらしい。 入学式翌日早朝にしてこの仕打ち。断言できる。俺の学園生活はおそらく不幸の連続に終始するだろう。 俺と同じ状況にたって幸福の予感にうち震えてるやつがいたら連れてこい。思い付く限りの医者全部紹介してやる。
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