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身構える彼女に対して、
「よ」
と、気楽に郁哉は声をかけた。
「やっぱり強いね。禊さんは」
「……貴方も上手くやってるみたいね……」
玖未は、怒ったように続ける。
「後ろに立たないで。貴方に気を赦した訳では無いんだから」
「ああ……悪い」
郁哉は悪びれた風もなく言う。
―…え。
ふいに玖未の背筋に悪寒が走る。それと同時に郁哉が目を見開いた。
「……っ…動呪」
足元を確認しつつ郁哉は動呪を放つ。
―甘い。
玖未は焦りながらも振り返る。背後に鬼が立っている。が、どうやら動呪が効いてるようで硬直していた。ほっとしつつも玖未が間合いを取ると同時に郁哉が間合いを詰める。
「何故だ」
月鬼が唸るように言う
「何故、貴様は…」
「……ふん」
跳ね上がり、戸惑う鬼の額を刀子で貫く。人に戻り行くそれから零れる月雫を小壜で受けた。
「……それ、見せて」
玖未がふいに言った。昨日は大して気にも止めていなかった事が気になる。
―…解呪に刀は要らないのに…どうして……
「…うん? 良いけど?」
と彼は刀子を渡す。玖未はじっくりと目を通しそこに描かれるモノを読み解く
「…………見たことの無い呪式ね……」
解呪式なのだろうが、見たことが無い。いや、詠んだ事の無いテキストだった。無詠唱で殆どの術式を展開出来る玖未には珍しい事で戸惑ってしまう。
「どこから?」
「んー俺の師匠からもらったんだ」
「…成程。そうよね。貴方に呪術を教えた人間がいるはずだもんね…」
会わせてくれない? と聞く玖未に対し、肩をすくめ
「もう死んでるよ……この間、ポックリ逝った。全く、殆ど何も教わって無いのによ」
と、郁哉は苦笑いを浮かべた。
「まぁ、そんな事より帰らないか? 鬼の気配は無いみたいだしさ」
「…そうね。血を吸われる前に退治出来たみたい」
玖未は答えてから、乗り捨てておいた自転車に跨がった。
「御祓君の家は?」
「この近くのマンション」
「そう。それじゃあね」
「またな」
玖未がペダルを漕ぎ出し、去って行き、郁哉も立ち去ったその場所に一人の人影が歩いて来た。その人物は帽子を目深に被り、男だか、女だか判らない服装をしていた。
「……まだ、やってるんだ。あの子」
クスリ
と呟いた声は愛らしい少女のモノだが、氷のように冷たかった。
「やっぱり、もう一度絶望して貰わなきゃ。あの子を壊さなきゃ…ね」
僅かに、見える口元が歪んでいた。
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