零章「Prologue」

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青年がいた。 黒髪はやや長く、綺麗な顔立ち。近くの県立高校の制服を着ている。 青年は幹線道路の歩道をゆっくりと歩きながら、近代史の教科書を両手に持ちぶつぶつと喋っている。 教科書にはこう書かれていた。 現年号では大戦前(タイセンゼン)41年、当時は西暦2021年と呼んでいた。 この年、世界の首脳国々との技術格差が広がっていた日本は、政府の一大決心の元、最先端の技術研究所を民間企業と提携して静岡県緑ヶ谷(ミドリガヤ)に建設する。 提携していた企業は三社。 当時、地球を代表とする自動車会社とまで評された「大黒(ダイコク)自動車」。 日本にも優秀な電気機器メーカーは数あれど、その中でも群を抜いて人気のあった「Venzai(ベンザイ)」。 そして、研究者を一番多く提供した「カ.ナイア製薬会社」。 国立緑ヶ谷研究所。 十七年という長い年月を掛けて建設された大小五十を超える研究施設は、外部との通信、連絡の手段を隔離され、研究者達は住み込みで研究に追われた。 と、青年がそこまで読んだところで後ろから声が聞こえてくる。 「矢波柊(ヤナミヒイラギ)十七歳。男性。九月十四日生まれ。 県立黄ノ下(キノシタ)高等学校三年。学籍番号D-0805……。」 まだ続きがあったようだが、教科書を開いていた青年が後ろを振り返ると、声が止まった。 「これ、落としたぜ?」 そう言って前歯を見せて笑っている青年の手には小さな手帳が握られていた。
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