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俺は舌打ち交じりにそれ以上先が続いていない、鉄骨の先端で立ち止まる。
もう逃げる場所が無くなってしまった。
元々ビルの鉄骨の長さは無限ではないためこうなることは予想できた。
隣の鉄骨までは距離でおよそ20mは離れている。
とてもじゃないが飛び移るのは不可能だ。
そもそも飛び移る力を持っているならとっくにやっているんだけど。
などと自身の思考の浅はかさを恨みながら俺はゆっくり振り返る。
いつの間にか金属音は止んでおり、真夜中独特のキーンとした音が周囲を埋め尽くす。
急に静かになるのは何か寂しいものを感じるが、今はそんなことは言っていられない。
振り返った先にある暗闇から現れたのは屈強な体を持つラテン系の男。
スキンヘッドに近い髪形で、左右のこめかみ近くまで剃り込みが入っていた。
着ているオレンジのアロハシャツは月光の下、色鮮やかに見えた。
街でばったり会っても俺は絶対に直視しない、だって怖ぇから。
その右腕に握られているククリ刀を、男はまるでジャグリングの様に手の上で回転させている。
「もう逃げ場はないようだな」
外国人としては十分過ぎるほど流暢な日本語で話しかけてくる。
いや、実のところこいつは人間じゃない。
あれは神が使わした異形の災厄、使徒っていう仰々しいにもほどがある名前が付いている。
俺は気を取り直して今の状況を確認する。
30センチしかない足場で、体格で明らかに劣っている俺が劣勢なのは目に見えている。
身軽さを生きそうにもスペースがない。
かといってこれ以上逃げることは不可能。
「生きるか死ぬか、それが問題だ。か」
などとシェイクスピアの悲劇、ハムレットの中の有名な言葉を呟く。
何故呟いたかって?
こんなセリフ、人生のうちに何度言えるかわからないだろ?
俺は覚悟を決めた。
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