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しばし、時が止まった。
「……っ!」
文字通り凍り付いたリアンナだったが、イオを睨み付けた。
王妃相手に、陛下の昔の女の話をするか。それも悪い話を。
そう突っ込みたい。
リアンナは、これ以上無駄口を叩くなと念じてみたが、イオは気にもしない。
「陛下への想い叶わず命を絶ったって言っても、ようするに腹いせだろ」
パンをかじり眉をしかめる。味が好みでなかったらしく、甘くないとぼやく。
二口食べ、飽きたのか放った。
「な、なな……」
一方、イオのイサナに対する酷い言い種に、リアンナは言葉も出なかった。
椎名は、目を瞬かす。
二重で黒目の大きい椎名は、表情よりも目で感情の動きがわかる。
椎名が無言で、目だけを瞬かせているのを、衝撃が大きかったのだと、誤解したリアンナは慌てふためいた。
「王宮では珍しくないことなんです! けして、陛下がーー」
失言をしそうになったのか、リアンナは自分の口を塞いだ。
椎名はきょとんとした。
「そんな気を遣わなくても。私のいた世界でも似たようなことはありますよ」
「え」
「陛下ともなると、そういったことも多いんでしょうね」
落ち着き払った椎名の様子に、リアンナは呆気をとられた。
椎名は、バスケットを抱えたまま、普段と変わりない落ち着いた表情をしている。「シーナは男と無縁そうだけどな」
「イオ様は余計なことを言わないで下さい」
昼ドラまではいかないが、椎名の周りでも男女の痴情のもつれによる、愛憎がなくはない。
苦いものが胸に込み上がった。
「昼ドラってなんなんだ?」
「どろどろした人間関係を題材にした物語です」
「うえ。趣味悪いな……」
想像してしまったのだろう、イオが片手で口元を押さえる。
日常でもどろどろしたものを経験しているイオにとって、昼ドラを喜んで見る人間の気が知れない。
「吐かないで下さいよ。……でも」
「シーナ?」
「いえ。なんでもないですよ」
椎名は言いかけたが、止めた。
亡くなった女性の気持ちは、想像するしかないが、王はどうだったのだろう。
あの冷静沈着で、ともすれば冷酷な王は、なにを感じたのだろう。
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