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イサナは椎名の口を塞いだまま、起き上がろうとするが、目眩を起こしたのか、片手で顔を覆った。
その隙にイサナの手を外し、椎名はイサナの腕を掴み、起き上がるのを阻止した。
「急に起き上がったら、また倒れますよ。目眩の他に何か具合の悪いところはありますか?」
「なんでもない、触るな」
椎名の手を振り払い、イサナは立ち上がった。
「陛下っ!!」
椎名はぴしゃりと叱りつけるように彼を呼んだ。
イサナが動きを止め、椎名に目を遣る。
「座って下さい。ご自分ではわからないと思いますが、顔色が真っ青です」
乱暴ではないが、有無を言わさぬ椎名の口調に、イサナは苛立たしげに、でも、その場に腰を下ろした。
椎名はイサナの手首を取る。
「熱中症の類ではないと思いますが、吐き気はありますか?」
「……」
「陛下」
「……ない」
不機嫌さを露わに、イサナは応えた。
「そうですか。たぶん貧血を起こしているんだと思います。念のため、医師に診て頂いた方が……」
「そんな暇はない」
冷たくはねつけられ、椎名は呆気どられる。
過労死にすると、イサナを評したことがあったが、予想的中していた。
よくよく見てみれば、青白い顔には隈がうっすらあり、疲労の色が濃く。
睡眠、食事をとっているのか怪しい。
「何言ってるんですか。倒れたら元も子もないんですよ」
我ながら、久しぶりに会った夫にいきなり説教をたれる妻というのは、煩わしいと思うが、そんなことを配慮している余裕はなかった。
仮にも夫婦の睨み合いが続く。
椎名も頑固だが、イサナも頑固だ。
彼の場合、椎名にあろうことか倒れたところ見られ、あまつさえ、口うるさく説教されている。
プライドに傷が付かぬはずない。
イサナは、邪魔をする椎名を振り払おうとしたが、手を止めた。
冷ややかな瞳が、微かに揺らぐ。
「おまえ……血だらけではないか」
「私のことはいいですから……って、はい?」
話を逸らすなと言った椎名だが、イサナの視線が、自分の手足に向けられていることに気付き、そこで初めて自分が血だらけであることを知った。
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