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見かけより逞しい腕に抱かれ、椎名は焦っていた。まさかこんなことになるなんて、予想だにしていなかった。
「陛下ご無理をなさらないで下さい」
「黙ってろ」
「私なら置いておいていいですよ。誰か呼んで来て下されば、自分でなんとか……」
「黙れ」
「その。正直言いますと、この年でお姫様抱っこはきついんですよねー」
なるべく余裕げに、あれこれ理由をつけ、椎名が下ろすように言っても、イサナは聞く耳を持たなかった。椎名の抗議は、イサナの顎に当たって跳ね返る。
「黙れ。次はないぞ」
苛立たしく、イサナが言い放つ。
椎名を抱えて歩く姿は、貧血で倒れていた人物には見えない。
忠告までされ、しまいに椎名も諦めるしかないと悟り、大人しくなる。
腕が痛む。
誰かが見つけてくれるのを待ってるには、椎名の怪我は深かった。
椎名は赤く染まった布を見る。
たかが薔薇の棘と侮っていた。痛みはじわりじわりと脈打ち、少し切ったにしては、出血量が多すぎる。
血管を傷つけてしまったのかもしれない。
血の気を失い指先が冷えてきている。
アールヴェースに輸血の技術があるとは考え難いので、確かに一刻も早く医師に診て貰った方がいいのだろう。
「申し訳ありません」
陛下の手を煩わせるなんて。いや、たとえ誰の手でも煩わせたくはない。
謝罪する椎名に、イサナは口角を軽く引き上げた。
冷たく整った顔に、冷酷さが増す。
「次はないと言ったが」
「謝らせて下さい」
「いらん。借りを返すだけだ」
「借り、ですか」
薔薇の餌食になるところを助けたことを言っているのだろう。
恩を着せるつもりはなかったし、そこまで大したことをしたわけでない。
椎名としては、迷惑をかけてしまい、こちらが借りを作った気分だった。
それでも、些細なことに、借りと言っているところが、イサナらしかった。
「顔色が悪いな」
顔を見られているのだと、気配でわかる。視界がちかちかし始め、椎名はやり過ごすように瞼を固く閉じた。
「陛下も、先程は、そうでしたよ」
笑おうとしたのに、声が震える。
イサナは応えなかった。代わりに歩調が早まった気がした。
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