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●●●●  薬草の匂いが鼻をつく。医務室内は清潔に保たれているが、治療器具や本が雑然と積み重ねられ、手狭である。  ぐにゃりと歪むそれらをぼんやり眺めていた椎名だったが、悲鳴を呑む。 「し……沁みますねー」  血止めの薬草の汁を大量に傷口に浴びせられ、泡沫を漂っていた意識が、一気に引き戻された。 「我慢しろ」  口では尊大だが、イサナは椅子に腰掛けた椎名の隣で、自分がやられたかのように、目を逸らしている。  運んでくれたのにも驚いたが、付き添ってくれるとは、椎名は内心驚愕だ。 「ほほう。同じ薬草で泣いていた陛下のお言葉とは思えませんな」  椎名の手当てをしている、老医がおかしげに笑った。  笑うと長い顎髭がもっさり揺れた。白雪姫に出てくる七人の小人に似ている。  背丈も椎名の胸辺りまでしかない。 「いつの話だそれはっ! 私がまだ物心つく前の話だろっ!!」  眉を怒らせ、抗議するイサナに、椎名は悪いとは思いながらも笑みを零す。 「陛下にも苦手なことがあるんですね」 「なに。薬と人参。二つだけですな、陛下」 「シグ、おまえは黙れっ!!」 「あら。人参もですか」  思いがけぬ告白に、見た目によらず可愛らしいなどと思えば、イサナに睨み付けられた。  威圧感のある翡翠の瞳も、今は可愛らしいの一言である。  余りイサナの機嫌を損ねるのも怖いので、笑いをおさめて、老医の治療を受ける。  白髪の老医は、六十を過ぎているだろうが、手元に淀みはない。 「派手に出血したようじゃな。ちと縫うかの。お若い娘さんに痕を残すのは、わしも気が進まんのじゃがな」  縫うなら痛いかと心配していた、椎名は予想外の老医の言葉に目を瞬いた。  お若い娘さんと評されるには、椎名は年を重ねている。外見上は若く、幼く見えてしまうかもしれないが。  慣れているので、椎名はいつも通り自分の本当の年齢を告げようとし、 「娘でない」  イサナが否定した。 「私の妻だ」  椎名は目を瞬いた。  針や糸を戸棚から取り出していた老医が、ぽんと手を打った。 「おお。そうじゃったか、では百七番目の……」 「そんなに娶っていない」  イサナは心外だとばかり訂正する。  七十二人は十分多いとかそういう問題でなくて。  椎名は感慨深げに呟いた。 「私のこと覚えてらっしゃったんですね」  イサナと老医が同時に椎名を見た。
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