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何気なく聞いたが、王であるイサナにとって応えはそうないのではないか。
国?
玉座?
国民?
イサナの応えは。
「さあな」
意地の悪い微笑を浮かべたイサナに、椎名は年甲斐になくきょとんとした。
応えない。そういう選択肢もあったのだと、今更気付き、口を開こうとし止めた。
代わりに小さく笑う。
「秘密ってことですね」
自分の心の中に、秘めておきたい宝物。椎名はどちらかというと、大切なものは周囲と分かち合いたい。だが、友人たち曰わく、それは自分だけの大切なものがないかららしい。例えばーー。
帰れない宣告はされているが、もし、もし元の世界に帰れるならば、この美しい王の妻であったことを誰かに話すだろうか。
考えてみて、椎名はたぶん話さないだろうなと、思った。
平々凡々な自分が王の妻になったなんて、妄言もいいところ。きっと、あちらでは椎名は行方不明になったとされているから、そのショックでと、精神状態を心配されるに違いない。
「おまえは変わっている」
イサナの呆れの混じる呟きで、椎名は我に返る。
「異世界から来ましたからねー」
至極当然に返す。
椎名の世界だって、国が変われば習慣などがらりと変わる。同じ国の民であっても、住む土地により違った文化を持つ。
アールヴェースは、文化こそ中世ヨーロッパに近い雰囲気であっても、中世ヨーロッパ自体、椎名の知る文化でない。
「毎日毎日、腰は締め付けられますし、頭に本を載せてピアノを弾いたり……元いた世界では考えられませんよー」
何やら愚痴ぽっくなる。そうだ。この機会に、あのコルセットの殺人的な苦痛を、イサナに訴えて、コルセット撤回して貰おうか。椎名はこっそりコルセットを緩めているが、リアンナを始め女性たちの、きつく縛られた砂時計体型は、確実に臓器を痛める。
お洒落に我慢はつきものであっても限度ってものがある。
「それで締め付けているのか?」
「陛下、さりげなく失礼なことを言わないで下さいってば」
イサナが、不躾に眺めてきたもので、椎名は軽く睨む。
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