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「……気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い」
口元を押さえ、イオが不快さを隠すことなく吐き出す。
人酔いみたいなものだった。
イオは無意識に人の心を読み取る。
リアンナたちがイオに抱いた恐怖や嫌悪などの負の感情は、濁流のように彼の心に押し寄せる。
人の負の感情を直接感じるのだ。
気持ち悪くなって当然だろう。
椎名は化粧台を離れ、足に絡みつくドレスの裾を不慣れな手つきでさばき、イオの前に立った。
イオは体を曲げ、青い顔をしている。
「少し座って休んだらどうですか? お水持ってきます?」
酔っ払いじゃないんだからとは思うが、どう対処したらいいか、具体的な案が浮かばなかった。
この年になって情けない。
「いい慣れている」
イオは言うが、大丈夫そうには思えなかった。慣れている=大丈夫ではない。
椎名は背中をさすってやる。
浮き出た背骨がなんだか痛々しい。
「昔みたいに吐くことはなくなった。痩せているのはこのせいじゃない」
「大人しくしていて下さい」
いちいち自分の思考に応えてくる。
「周りが大人しくしてくれないんだろ」
「私も席を外します?」
椎名は仙人でもないので、心を無にすることはできない。
いつもしょうもないことを考えたりしている。雑念の塊。
「……いい」
「でも、一人の方が……」
言いかけて口を噤む。イオの場合、確かに人が周りにいない方が楽だろう。しかし、体調不良な時に一人というのは、孤独感が際立つ。
「別に寂しいなど思ってない。勘違いするな」
「子どもがなに言ってるんですかー」
「王弟を捕まえて、おまえこそ何を言ってるんだ」
むっと、イオが顔を上げた。
子ども扱いされむきになるのだから、十分子どもに分類される。
「イオ様はまだ義務教育ですしねー」
「なんだそれは」
「こちらの話です」
「……」
「心読んでます? 気持ち悪くなりますよ」
「気持ち悪くなるような、たいそうなことを、シーナは考えていないだろ」
失礼極まりない。
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