薄い壁のこの部屋で

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「……少し、肥大が進んでます」 申し訳なさそうに風間<かざま>さんがあたしに話かけた後、ちらりと拓斗と美和子を見た あたしはぼーっと青い光に照らされたフィルムを見る 半年前のカルテが隣にならんでいる 心臓が少し大きくなっているように見えるのは 言われたからなのか それほど症状が進んでいるからなのか 「ドナーは?まだ見つからねぇのか?」 拓斗はいつにも増して低い声で話す そのまま仕事に行くんだろう 白いノースリーブに筋肉のついた腕 巻き付いた様に彫られた蛇のタトゥー <元ヤン>でしたと言ってるようなもん 下手すりゃヤクザだ 誰かと喧嘩すると、顔に大きな痣を作ってくる事がある 「…すみません!!!」 とてもじゃないけど医者とは思えない程、頭を低く低くさげた 「…そうか」 風間さんは本当に申し訳なさそうに、ゆっくりと姿勢を戻す 拓斗が暴走族の元総長だったと知ったのは風間さんに会った時 そしてどんな偶然か…あたしは拓斗と同じチームで、同じく頭をはっていた (血の繋がる実の娘だったんだと絶望した…) 風間さんはそれはそれは拓斗に憧れていた 道を踏み外すキッカケも拓斗だったそうだ …迷惑な奴 拓斗とたいして年も変わらないのに、ガチガチに固まって話をする 「拓斗先輩は、俺の青春だ」 <風間先生>と呼ぶと 「とんでもない!呼び捨てでかまわないから」と怯えられた 「……役立たず」 美和子は舌打ちをして風間さんを睨んだ 「ミイ!…悪いな風間」 美和子の男嫌いは昔から あたしに近づく男は虫のように扱ってきた 刺し殺すような目線の美和子を拓斗が止める こういう場面を見ると、2人の子供なんだなと思う 「い、いえ…」 風間さんは拓斗に対するものとはまた違う緊張を美和子に向けた 沈黙を破るように ゆっくりと拓斗が口を開いた 握った手に力が入るのが分かる 「………それで、あとどれ位もつ?」 美和子はあたしの手を握った 美和子は一日、仕事を休んであたしのそばにいた あたしの頭をなでた 「なですぎ。髪、抜ける」 「雛は禿げてもかわいいからいいの」 「…禿げたくない」 「拓斗から引っこ抜いて、埋めようね」 2人で笑い合った
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