薄い壁のこの部屋で

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「じゃあ、行くね」 名残おしい顔をして美和子は立ちあがり 最後にもう一度あたしの頭を撫でた その小さな背中を見送る -コンコン わずか1分 今日はいつにも増して早い 「いいよ」 あたしの返事が終わらない内に、扉が開いた 「こんばんは」 顔を見た途端に心臓が締め付けられたような気がした 医者の顔をした風間さんの言葉が頭をよぎる 『あと、3ヶ月…発作が起きたらもう少し短くなる可能性も』 入院したのは1年程前 バイクにまたがって走っている途中 心臓が急激に痛んで 倒れ込んだ 何だかよく分からない難しい説明を 美和子と拓斗の間で受けた 分かったのは3つ あたしの心臓は膨らみ続け、生きていくにはドナーが必要なこと もう何年もドナーを待っている人たちがたくさんいること このままいくと、そう長くはないということ この男が 恐ろしいほどに勘の鋭いこの男が 気付いていない筈がない 面会時間を容認される 切り離されたように遠い場所にある みんなが閉じこもり お互いの顔を見せない この病棟がどんな場所なのか 右さんも、左さんも みんな 薄い壁に囲まれたこの部屋で、死を待っている 他人の同士なんだ 「元気、ないね?」 …ないですよ 「…そう?」 いつもの場所に座ると あたしの顔を下から覗き込む 「泣きそうな顔してる」 鯉太はあたしの目元を親指で撫でた 涙なんて出ていないのに、涙を拭うように 「そういう顔、そそられるからやめて」 「……変態」 鯉太はあたしから離れ、いつもの通り黒い手帳にメモを書きだした 何でもない風に 気付いていない筈がない 知っていて こんな風にあたしの気持ちを乱す ひどい男 あたし、もうすぐ死ぬのにな 今更、恋をするなんて 馬鹿みたいだ
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