薄い壁のこの部屋で

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体温計を受け取ると、早川さんは運んできた食事をテーブルの上に置いた 「お昼も食べてなかったでしょう?ダメよ」 「……はぁ」 あたしが何とも言えない言葉でにごすと、腰に手をあてた 「だめ。点滴になっちゃうよ?」 「安心してください。俺が食べさせるから」 鯉太は喜々としてフォークを持つとサラダの中のブロッコリーを刺して、あたしの顔の前によこした ブロッコリーはあたしの嫌いな食べ物ベスト3の2位だ 2位 2位だ 「ほら、雛」 …絶対気付いてやがる あたしは鯉太からフォークを奪いとるとブロッコリーをはずし、レタスを突き刺して口に運んだ …マズイ 早川さんは安心したように背中を向けた 扉を開けると一瞬止まってから振り向いた 「それから、気付いてると思いますけど」 鯉太を軽く睨む 「とっくに面会時間は終わってますよ?」 「大丈夫、大丈夫。知ってるから」 手をヒラヒラと揺らして笑う鯉太に「…ごゆっくり」と、皮肉を言って出て言った 足音が遠ざかっていくけど、鯉太はクスクスと笑ったままだ 「性格悪い」 薄味のスープを口につけながら、チラリと鯉太を見る 「ありがとう」 「…褒めてないんだけど」 「そう?」 ゆっくりながら食事を続けていることを褒めるように、鯉太はあたしの頭に手を置いた 本を読み切った後 1日かかる検査の前 右さんの泣き声を 聞き続けなければいけない時 鯉太はこんな風にあたしの頭の上に手を置く なでるわけでもなく ポンっと 「食事は大事だ、しっかり食べなさい。特に女性は成長期に食べないと元気な赤ちゃんが産めないからね」 「……」 何を言い出すのやら… 「さて、それではそろそろ行こうかな」 立ち上がり、パイプ椅子をたたむ 「面会時間もすっかり過ぎてしまったしね」 「気にしたことなんかないくせに」 「そんなことはないよ」 もう一度、あたしの頭に手を置いた 「ブロッコリーも、体には大切だよ」 目ざとい奴だ 1人になった部屋は ガランとしていて 静かで 両隣からうっすらと話声が聞こえてきた 1人になるのは慣れていたはずなのに 慣らしてきたはずなのに 鯉太と会った後に 急激に寂しさを感じるようになった 鯉太は知っているんだろうか? 疑問を振り払うように 鯉太から渡された新しい本を開いた また今日も1日が過ぎていった
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