六月某日

11/13
前へ
/53ページ
次へ
    ++++++++++  菊は少し緊張していた。のんびり走ってきた馬車も、もう邸の正面玄関だ。  「まだ、怒ってらっしゃるでしょうか…」  「執事か?気にする事は無いと思うがな」  ルートヴィッヒが手を貸すと、菊はぴょんと身軽く飛び降りる。御者台のステップは高く、登るのは一苦労だが降りるのは一瞬で済んだ。  「あれが何かしら怒っているのはいつもの事だろう?」  「…執事って大変なお仕事ですよね」  しみじみと呟いて、アーサーを降ろす為に扉を開けに行く子供だ。  ノブの位置が高いので、自然に少し背伸び加減なのが微笑ましい、と表情で暴露している主人から礼儀正しく目を逸らし、フットマンは腰を折った。  「「おかえりなさいませ」」  使用人達の端正なお辞儀で玄関ホールに迎え入れられる。  ほっと息を吐く三人だが、その安堵をぶち壊すかのような大声が響き渡った。  「遅いぞ!」  声の主は、叫んだ残響が消えぬ間に姿を現した。  ぴかぴかに磨かれた手摺りに跨り、二階から颯爽と滑り降りてきた少年は、このカークランド家の次男坊アルフレッドだ。  ぽんと勢いを付けて着地してすぐ、菊に向かって突進してくる。  「今日は公園に写生に行くって約束だったろう?」  「も、申し訳ありません」  「まったく!ほら、行こう」  「こらこら。ちょっと落ち着けよ坊や」
/53ページ

最初のコメントを投稿しよう!

92人が本棚に入れています
本棚に追加