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菊は少し緊張していた。のんびり走ってきた馬車も、もう邸の正面玄関だ。
「まだ、怒ってらっしゃるでしょうか…」
「執事か?気にする事は無いと思うがな」
ルートヴィッヒが手を貸すと、菊はぴょんと身軽く飛び降りる。御者台のステップは高く、登るのは一苦労だが降りるのは一瞬で済んだ。
「あれが何かしら怒っているのはいつもの事だろう?」
「…執事って大変なお仕事ですよね」
しみじみと呟いて、アーサーを降ろす為に扉を開けに行く子供だ。
ノブの位置が高いので、自然に少し背伸び加減なのが微笑ましい、と表情で暴露している主人から礼儀正しく目を逸らし、フットマンは腰を折った。
「「おかえりなさいませ」」
使用人達の端正なお辞儀で玄関ホールに迎え入れられる。
ほっと息を吐く三人だが、その安堵をぶち壊すかのような大声が響き渡った。
「遅いぞ!」
声の主は、叫んだ残響が消えぬ間に姿を現した。
ぴかぴかに磨かれた手摺りに跨り、二階から颯爽と滑り降りてきた少年は、このカークランド家の次男坊アルフレッドだ。
ぽんと勢いを付けて着地してすぐ、菊に向かって突進してくる。
「今日は公園に写生に行くって約束だったろう?」
「も、申し訳ありません」
「まったく!ほら、行こう」
「こらこら。ちょっと落ち着けよ坊や」
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