六月某日

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 ぐいぐいと手を引いて行こうとするのを、フランシスが優雅にいなした。今しがた買って来て貰ったばかりの画材を抱えている。  「まずちゃんとお兄ちゃんに挨拶しないと。また拗ねちまうだろう」  「なっ、誰が拗ねるかー!」  「あー。お帰りアーサー」  居たのか。そう云わんばかりの気の無い口調に、がっくりと項垂れる主人。  その彼は放置して、家庭教師はさらに云う。  「菊ちゃんにも着替える時間あげないとさ」  それで余処行きの衣装に気付いたのか、まじまじと目の前のページボーイを眺めるアルフレッドだ。  菊がたじろぐ位の時間を掛けて観察した後、ひとこと。  「馬子にも衣装ってやつだな!」  「……ありがとうございます…」  「おいおい!可愛い子ちゃんに向かって何て事云うんだよ」  「ん?誉めたじゃないか」  「フランシス、お前減給な」  「うわひでぇ、俺のせいなの?」  「教育係が悪いからアルがこんなんになってんだろうが!」  「こんなん、って…自分だってそんなんじゃないか。アーサーのくせに生意気だぞ」  「はは、云えてるな」  「お、ま、え、ら、なー!」  「……サー・アーサー」  いつ果てるともない云い合いを静かな声が遮った。  ローデリヒだ。
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