六月某日

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 「ほら、お兄さんが直してやるよ。髪も綺麗に梳かしてー」  「--ミスター・ボヌフォワ。貴方には坊ちゃまのお茶の相手をお願いしてあった筈ですが?」  眉間にはくっきりと刻まれた深い皺。白い手袋を着けたすんなりした手は小刻みに震えている。  怒りで人相の悪くなった執事をいなすように、フランシスは笑った。  「ほら、お茶の時間は一日何回もあるけどー。可愛い子ちゃんの晴れ舞台は一度きりじゃね?」  目に焼き付けとかなくちゃ。  大真面目に云う彼を睨むローデリヒの表情は、もはや憤死寸前といった感じ。  「あ、あの!私の事はお気遣いなく!」  「ローデリヒさん、落ち着いて下さい!このままじゃ菊ちゃんいつまで経ってもお出かけできませんよ」  果敢にも二人の間に入り込んで必死に宥める菊とエリザベータ。と、  「何をやってるんだ、お前らは…」  すっかり支度を整えた主人、アーサーとルートヴィッヒが階段から下りてきてしまった。  「申し訳ありません」  「いや、構わないが…出られそうなのか?」  早々に全開になっていた扉に向かって、アーサーが顎をしゃくってみせる。正面玄関にはすでに馬車が横付けされていた。  出発できない原因は勿論、皆に囲まれてすっかり小さくなっているページボーイ。  「すぐにでも…エリザベータ」  云いながら、執事の手が合図した。後ろに控えた彼女が素早く菊の服装をチェックし髪の乱れを直してゆく。
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