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菊は最初、どうせ同じように馬車を使うなら最寄りの村でなく、設備の整った街の教会に礼拝すれば良いのではないかと思っていたのだが、実際に村に来てみてすぐに考えを改めた。
こじんまりと可愛らしい煉瓦の家並み、田舎ならではの素朴で優しい人達、慎ましい下町風の雰囲気。
普段同じ年頃が近くに居ないアルフレッドは、村の子供達と親しくなりのびのびと過ごしているし、そんな弟を見遣るアーサーの瞳は柔らかく和んでいる。
そして使用人達もまた、思い思いに寛いでいて。
安息日というものの宗教的意義は判らねど、やはりこの日は心身を休める為にあるのだと、菊なりに得心したのだった。
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広場の最奥、集落の入口から真逆の位置に、村唯一の教会がある。
村の規模に相応しく、ちんまりとした石造りで、白くすっきりした外観が印象的だ。
正面上部の素朴な薔薇窓と後陣のステンドグラスはなかなかに立派で、密かな菊のお気に入り。
付随した鐘楼は時計塔も兼ねており、すぐ傍の雑木林とともに子供達の良き遊び場であった。
と、高く澄んだ音で鐘がうたう。
礼拝開始の合図だ。
「いらっしゃい」
鈍い軋み声を上げて開いた正面扉から信者達を招く、黒髪の青年。
この教会の神父、ヘラクレスである。
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