安息日

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 聖水盤に列ぶ信者達を横目に暫し放心していた菊は、不意に背後から両脇に手を差し入れられ、小さく息を呑んだ。  驚きがはっきりと声になる間も待たずそのまま持ち上げられ、くるりと向きを変えられて。  そこでようやく相手と視線が合わさった。  「菊。先週ぶり」  「……はい。こんにちは神父様」  ぶらりと宙に浮いた姿のままでは為す術も無く、とりあえず挨拶を返す。  彼に悪気は無いのだろうがまるで猫の仔のような扱いに、降ろして下さいと頼めば、望んだものではない応えが寄越された。  「ヘラクレス」  「あの、ファーザー、」  「ヘラクレス」  「…………御機嫌よう、ヘラクレスさん」  「ん」  読み取り難い表情で繰り返す青年に根負けして名を呼ぶと、ふにゃりとその瞳が笑み崩れた。  嬉しそうなのは良い。が、尚も己を放そうとしないヘラクレスに抗議の視線を送るものの、子供の意見は聞き入れられなかった。  「ですから、降ろして下さいと……!」  「ん」  ひょいと左腕一本に横向きに坐る格好にされ、ますます近付いた神父の顔を、今度ははっきりと睨む菊だ。
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