六月某日

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    ++++++++++  「離れるな。はぐれたら大変だぞ」  「は、はい」  ルートヴィッヒが手を引いて、小さな身体を引き寄せる。落ち着かない風の子供は主人の姿を確認して、ふと息を吐いた。  「それにしても、凄い人出ですね…」  「上流階級の方々が集まるからな」  「私、本当に良かったんでしょうか…」  さすが高級でならすデパート、売り場は着飾った紳士淑女とそれに従うお付きの人間でごった返していた。  ドレスや帽子で嵩張った御婦人に失礼の無いよう、歩くの一つでもかなり気を配らなければならない。  すでに疲れたような様子の菊の言葉を聞き、アーサーが振り返った。  「いいんだ。お前を連れて来たかったんだから」  「…え」  「けど確かに、こんな広い処を連れ廻すのは子供の足にはきついかもな。先に休憩するか?」  申し訳なさそうな表情すらみせて訊くのを見上げて、菊はしばらく逡巡した後に口を開いた。  「旦那さま。今日は何を探しに来られたのですか?」  菊のような下級の使用人が直接主人に話し掛ける事は出来ない。普段は頑なに規則を守り静かに控えている彼からの質問に、アーサーもルートヴィッヒも驚いた。  一瞬、返答が遅れる。
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