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初めて此処を訪れた日。菊は神父に手を引かれ、鐘楼に登った。
「村で一番。景色、良いから」
細い螺旋階段の先。大人が数人も入ればいっぱいいっぱいの鐘突き場で、大きな鐘の横からその時眺めたパノラマを、彼が忘れる事はないだろう。
真下に楕円形に展開する村。
高い山は無く、家畜達がゆったりと過ごすなだらかな緑の野。
今しがた通ってきたばかりの、でこぼこした一本道。その先に確かに在る筈の邸は、霞んで窺えなかった。
呆れる程の上天気であるのに空は灰色味が強く、突き抜けるような故郷の蒼穹とは趣を異にしていて。
--嗚呼、此処は確かに異國なのだ、と。
集落や住まう人々は暖かく、むしろ懐かしい雰囲気すら感じていたから、尚更にこの再認識は堪えた。
何も云えず、大きな瞳を瞬かせる事すら忘れ。
菊はただ、広がる景色を見ていた。
喜ばせるつもりが逆に落ち込ませてしまい、気に掛けたのだろう。
それからヘラクレスは、何くれとなく菊に構うようになったのだ。
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