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そのハンカチが触れる前に。
悠太の横から伸びた骨張った親指が赤を拭い去った。
行き場のなくなった腕をそのままにして、呆気に取られた悠太の隣には。
「…焦って食うからだ。もう少し落ち着いて食べろ」
たしなめるように航の正面に座った木山がさも当然のように親指を舐めた。
「おっサンキューな、木山!」
木山の行動を少しも疑わずに、航も感謝の気持ちをするりと零した。
周りの空気が固まった事など気にも留めず、忠告通り少しペースを落として食べ始める航を見て。
微笑した木山もスプーンを手に取り、
止まった空気が流れ始めたように他の部員も次々にスプーンを持った。
俺はというと。
皆が食事を再開し始めてもスプーンを取ることが出来ず。
何の躊躇いもなく口に含んだ木山、そしてそれを自然に受け止めた航。
一連の行動に、ざわざわとしたものを抱えていた。
「…亮介先輩、どうかしましたか?」
気遣わしげな声が掛かっててやっと我に還った。
それから土屋に『大丈夫』と言ってオムライスを食べ始めた。
─どんだけ俺、航が好きなんだよ…。
木山のだって指で拭っただけに過ぎないし、航だってダチだから何も意識とかしてない訳だし。
ずっとさっきの事が頭の中でリフレインしてて。
いつも美味いオムライスの味もわからないまま白い皿となってしまった。
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