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男は、自分の名前を答えるのに少しの間だけためらう。
別に答える必要はないだろう。だが、名前がなければ対人関係を築くのは難しい。
「……俺は、内田。内田信和と名乗っておこう」
少しだけ目をそらして、彼はそう答えた。
今から、内田信和。前と大して変わらない名前だ。
「私の名前はチュチュ。宜しくねお嬢さん!」
隣に居た人形もそう言って自己紹介をする。
そう言えば、この人形にも名前があったのだ。
「宜しくね、チュチュさん」
少女は無駄に陽気な人形に向かってそう笑いかける。
「ノンノン、私にさんは要らないのでチュ。呼び捨てで構わないのでチュよ」
指を立てて、左右に振りながらチュチュはそう言う。
それ以前に、驚くべき事実がある。
この菖蒲と言う少女が、人形がしゃべる事に関して一切驚いていないのだ。
これは一体どういう事なのだろうか。
「九重菖蒲と言ったな。人形がしゃべる事に驚かないのか?」
「え? 人形なんですか? 私はてっきり妖怪の子供か何かかと……」
またも驚くべき単語が彼女から飛び出して来た。
「妖怪? そんなものがここにいるのか?」
「……? ええいますよ?」
さも当然のように、小首をかしげて不思議そうに信和を見てそう言う。
「それにしても、びっくりしました。自分で動いているんでしょう?」
そりゃそうだ。男は人形師ではないのだから。
「そうでチュよ! 私は完全に自立して動いているんでチュ!」
「私、自分で動いている人形を見た事がありますけど、完全に自分の意思を持ってしゃべる人形なんて初めて見ました!」
ピンク色の人形をしげしげとみながら、少女は言う。
「信和さんは凄いんですね!」
「何が凄いのか、よく理解出来ないが……」
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