何処の誰ともわからぬ者、何処と分からぬ場所

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「あらあら、お客さんかい……」 小さな家の中には少しやつれた表情の女性が布団に横になっていた。 病気でもしているのだろう。 もし、ここの文化レベルが信和の見たままのものだとしたら、あの菖蒲という少女は薬草でも採っていたに違いない。 薬草を採るのに夢中になっていて、獣が近づいていることに気がつかなかったのか。 成程、納得できる。 「お母さん、私の命の恩人の内田信和さんと、チュチュさんです」 菖蒲は二人のことを母にそう紹介する。 「それはそれは……ご恩をお返しせねばなりません」 律儀に布団から出てきて頭を下げようとする母親に、信和は言う。 「礼は良い。此方も、少々聞きたいことがある」 「はぁ、何でしょう?」 「……ここは何処だ?」 きっと彼の言葉は二人にとって意外だったのだろう。目を見開いたままきょとんとしている。 「あの、私達の家ですが……?」 まぁ、その通りである。 「いやぁ、ごめんなさいでチュ。こいつはちょっと浮世離れしていて、妙なことを口走るんでチュよ」 すかさずチュチュがフォローを加える。 そうでないと色々と話がややこしくなるだろう。 「お前が口を開いていいなんて一度も言ってないが」 「チュチュ、方向音痴に言われても実感がわかないでチュよ」 「そもそも、ここは歪だ。何故みな衣装が違う。何故、コンクリートやモルタルといった素材が無い。漆喰だとか、古臭いものばかりがある」 とうとうそれを口に出して言う信和。 どう考えたってここは歪だ。 タイムスリップでもしたのではないかと錯覚してしまうほどに。 いや、タイムスリップしたのだと考えれば一応の合点はいく。 だが、それでも歪だ。 時間移動は確かに可能だ。 ただしそれは一方通行という枷がついている。 未来へいく論理は存在しても、過去へ向かう論理は存在していないのだ。
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