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俺はそれに頷いて応えた。
すると彼女は泣きそうな顔をしながら、それでも笑ったんだ。
どうして?
それを、今から話してくれるってことだろう。
だから、俺はそれ以上何も言わなかった。
いつもの部屋の、いつも座る椅子に腰を降ろして、いつものように彼女が紅茶を淹れてくれるのを待つ。
またクッキーを焼いたのか、少しだけ甘くて香ばしい匂いが部屋に漂っていた。
「今日はちょっと頂き物のアップルティーです。苦手だったら言って下さいね」
林檎のような甘酸っぱいほのかな香りと一緒に、彼女がトレイを持ってやってくる。
白い指が滑らかに動いて紅茶をカップに注ぐ一連の動作は、相変わらず丁寧で美しかった。
「最初に言っておきますね。ありがとうございました」
「えっと……何が、ですか?」
何に対するお礼だか分からない。
お礼を言われるようなことをした心当たりはないし、むしろ傷つけたのだとばかり。
彼女は俺と目を合わせずにティーカップに揺らぐ紅茶の水面に目を落としながら、ぽつりと呟いた。
「森さんに言われて、気付いたんです。私はただ悲劇のヒロインを気取っているだけだったんだって」
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