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彼女はポケットから真っ白なハンカチを取り出して、ゆっくりと涙をぬぐう。
それから赤く潤んだ瞳を俺に向けて、壊れそうな笑顔を浮かべながら泣いた。
「彼によってすっかり世界が変わってしまいました。そしてそれは、完全に『普通じゃない』ところまで来てしまった……戻るのが怖いっていうのも、あるんです」
ふっと笑って、まるで壊れた人形のように力無く首を傾げる。
目線はテーブルの上の……どこでもない。
俺でも、ケーキでも、紅茶でもない、なんにもないところをただぼんやりと見つめていた。
「ね? 恥ずかしい話でしょう? いつまでも後ろばっかり見て、忘れられずに、周りからも妖怪みたいな扱いをされて……馬鹿な女なんですよ、私」
「……でも、気付いたんでしょ? 考えたんでしょ? どうなんですか? 『今』は」
そう聞くと、彼女はすっと目を閉じて頷く。
俺の言い方は辛辣だったかもしれない。
だけど、どうしてもその男に対する怒りを隠しきれなかったんだ。
「……彼と結婚できないのならもう結婚しなくたっていい、一生この家に居たっていいって思ってました」
小さな小さな声で吐き出されていく、彼女の全て。その深い傷を、全部全部受け止めたような……柔らかく混じりけのない笑顔で、彼女は笑った。
「もう、彼を待ってるだけ無駄なんですよね。私、手術を受けてみようと思います」
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